アキュフェーズC-3900の使いこなし-3の2
    
    電源ケーブルの交換は、要はどれだけコンセントまたはテーブルタップ直結に近づけるかということ、したがってポイントは直流抵抗をいかに下げるか。1〜2mくらいの長さにおいて、さすがに1.25スケアでは問題ありそうだが、3.5〜8スケアでどれだけ直流抵抗に差があるのか?したがって音に影響あるのか?そもそも電源ケーブルが音に影響を与えるのか?ホント?
 しかし、実際には音に大きな違いが出る、オーディオの不思議(未解決)なところである。
   ※以下の試聴において、プリとメインの接続はアンバラアンス接続のみで行っている。
  フルテック(FURUTECH)
 
  • 一聴して音が太い、音塊が一回り大きくなってリスナーに迫ってくる。しかし、これは輪郭が拡大するとかにじむというのとは違う。身長50メートルのゴジラが80メートルになった感じである。
  • 全体にオンになった感じで、音像が10〜20センチくらい前に出てきた。
  • 全体が巨大化(スケールアップ)?したことで、バランスが崩れたかなと感じるときがあった。
  • 低域の迫力は増し、中高域はより立体的になり、音場が3次元的に広がった。
  • D-55ESが鳴っている、より感覚的な表現を使うと、D-55ESがやや小さく見えるようになる。この感覚は、SPコードを5.5から8スケアに交換した時の感覚と同じである。
  • 音圧が増したようで、音が内臓に響いているのがわかる。これは、ユニットをSからESに換えた時と同じだ。
  • 以上の相乗効果から、C3900に野放図さというか野性味が出て、全くの別物になった。
   ここで、一旦、AET SIN に戻してみた。
  AET SIN 
 
  • 初聴での驚きとは反対に、今度は、一聴して、だいぶ大人しく、スケールダウンしたなと感じた。
  • 3.5→5.5→8→3.5という流れが影響したのだと思う。
  • しかし、スケール感を除けば、澄み渡った空気のような透明感には改めて驚くほかない。とにかく音場の見通しがよい(低価格帯のアンプで感じる隙間風が吹いている感じではない)。
  • 音の一つ一つがきっちり整理整頓され、フォーカスがぴしゃりと合っており、8スケアの後に聴くと、「もう少し脚を崩して楽にしてください」と言いたくなる。逆に8スケアに対しては「おいおい、いくらなんでもリラックスしすぎだろう」という感覚である。
  • 8スケアに比べ、ボリュームを1〜1.5程度上げるとスケール感が調整できる。
  • これはおそらく3.5スケアという導体径からくる限界のような気がする。現に、メーカーのHPを見ると、最高価格帯は6スケアとなっている。
  • とはいえ、標準機(レファレンス)には違いないと思った。
   ジョデリカ(JODERICA)
 
  • 一聴して、高域が金粉を振りまいたような輝きを持つことに気付く。8スケアのスケール感とAETのキャラクターが合わさったようで、自作ケーブルのネックが改善したと感じた。
  • 宣伝文句のタフピッチ銅の採用効果なのだろうか?あるいは、工作の慣れによるものか?即断はできない。
  • もっとも、フルテックと瞬間的に交換し比較したわけではないので、確実な証明にはならないし、ブレードの素材が音色に影響を与えるというのもオカルト的ではある。
  • とはいえ、以上のヒアリング結果から、こちらをもとにさらに試聴を続行。なお、記載の改善感がなければ、バランスを崩したということで続行しなかったかもしれない。
   自然音源、バイノーラル録音での試聴結果
  〜セイシェル島の鳥の鳴き声・波〜
 
  • まず、海水の透明度が上がり、次に、海中から聞こえてくる鳥の鳴き声の聴こえ方がガラッと変わったと感じた。最初から結構、高さが出てきてびっくり。一音一音がよく分離し、鳴き出し(聞え出し?)については、海中からは分離し海面上に浮上したと感じるくらいの違いがあり、聞こえ方の修正を迫るもの。
  • 鳥の声が定着してくると、高く明確に小さく定位した。時に小さすぎると感じるくらいだ。この実在感は707XCD DECADEに似ている。
  • 鳥が枝の上で結構ごちゃごちゃいる感じがよく出て、3900で感じた音場感、特に高さ表現がいま一つという点は完全に解消
  • 具体的には、上目遣から完全に顔が上方に向いた。
  • 遠方で聴こえる波(潮騒?)の低音感もより鮮明になったようだ。
  • それにしてもこのソフト、機器ごとに海水の透明度、波の動き、泡、引き潮時の珊瑚砂の音、鳥の鳴き声、動きがなど変わるので不思議
  〜森の中でのバイノーラル録音〜
 
  • 3900のややオンの傾向が威力を発揮、ヘッドフォンの必要性をほぼ感じない程度の効果を実感できた。
  • 部屋を暗くすると、前後左右上下が音で取り囲まれた気がして、特に耳元で聴こえたような錯覚を体験し、ドキッとした。森の中に迷い込んだようで、緊張感を強いられる。
  • 雷が雲間を走る様子もよくわかり、いつガラガラドスンと来るのかとハラハラする。
  8スケア電源ケーブルまとめ‐イルージョン- 
 
  • 一言で言い表すとしたら、”イルージョン”
  • マジシャンが高級セダンの上にシートを被せ、次の瞬間、それをパッと払うと、F1マシーンが登場したようだ。
  • C3900がサウンドマニア向けのプリアンプに大変身、そのくらい音が変わった。特に自然音源における音場感は激変といっていいレベルである。
  • 長岡氏がHMA9500Uに送った讃辞、「史上稀に見る原始的、野性的な、あるいは野蛮なアンプなのである。そのアンプが野性的なエネルギー感と同時に、最も繊細な神経も持ち合わせているところが魅力的なのだ」がよぎった。ここで使用された表現を借りれば、野性的なエネルギー感と同時に、最も繊細な神経も持ち合わせるようになったという表現がピッタリだ。
  • ところで、確か、室内配線の幹線は、Φ2の単線で支線はφ1.6単線と記憶している、だとすれば、3.5〜5.5スケアあれば必要十分で、ロスを考慮しなくてよいはず。すなわち、これらのケーブルであればコンセント直結と同値ではないか?
  • したがって、8スケアは、銅線の流れからいうと途中に不連続を生じるので逆に何か悪さをしてやしないか?
  • 8スケアのSPコードの時にも感じ、太すぎのデメリットが現れてもおかしくないはずなのに、実際はメリットが多くデメリットは感じない。太さの臨界点はどこか?
  • 送電所からアンプのインレットまでの距離を考えたら、まさに測定限界以下の変更であり、これで音が変わることなどナンセンス?これはマッドサイエンスというかオカルトではないか?
  • いやいや、そんなマクロで考えること自体が間違いで、音源変換系に近づけば近づくほど変化は大きくなるもので、例えば、カートリッジの針先の変更が音をガラリと変えるのと同じだ。
  • ようは理屈はよくわからないが、変わったのは事実、「あんな巨大な恐竜がなぜ歩き回り、繁殖し、世代を更新できたのか?陸上生物の巨大化の限界を超えているのではないか?あり得ない!いやいや、足跡があるし、1億年繁栄したのは事実だよ」ということか。
  大どんでん返し-修正-
   この際、さらに検証を徹底させるため、この状態でC290Vに変更した。
 
  • 3900を上回る骨太の音を期待しながら早速ヒアリング開始、ギョッとした。3900と区別がつかない。一聴しただけでは判別不能。一卵性双生児のようだ。これが今回最大の驚きであり発見であった。
  • 注意深く聞くと、音を発音から消失までの線として捉えたとき、3900では消える間際でスゥーと自然に消えるが、290Vではスッと落ちる違い、毛筆で字を書くとき、最後の払いで力をスゥーと抜くか、少し抑えをきかすかのような違いを感じた。
  • これがAAVAのメリット?かもしれない。人によっては、AAVAの特徴として、一音一音のDレンジが広い、より自然な空気感、ニュアンスが感じられる、あるいは音の輪郭線がより細いと評価するかもしれない。
  • 自分には一音一音のDレンジ感の違いから、逆に音が集まると全体にオンになるのではないかと思った。
  • したがって、音塊、音像調整というものがあれば、曲によっては1メモリ程度絞りたくなる(少しオフにというか距離を取りたくなる)ときがある。
  • 逆に、290Vは3900との対比において全体に距離が遠くなる(オフ気味)と感じた。ゲインが10dB以上違うのに、交換直後はむしろボリュームを1〜2メモリ程度上げた。
  • バイノーラル録音では、ホログラムの様な音場が手前で展開される290Vに対し、その中に没入するC3900、バーチャルリアリティに近接したという点で3900は新境地を開いたのではないかと思った。
  • とはいえ、以上は”聴いて”判るもので、30分もしたら耳が慣れ判別不能となるかもしれず、結果として、さんざん苦労して両機の違いについて書いた内容の殆どがご和算になってしまった。
  • それでは、3900は一体全体どんな音かと問われれば、同一条件下(8スケア&鉛インゴット)においてもなお感じられる特徴として、(C290Vの低音の質は変えずに)音を少しほぐして開放的にしたことで、結果として290Vより少し明るくオンにした音ということになる。
  • 当初、3900の音を伊藤若冲の日本画ようだと例えたが、最終的に、8スケア&鉛インゴットで「芸術は爆発だ」と言った岡本太郎に変わったと修正したい。
  • なお、290Vの経年変化(熟成)を感じる部分もあったが、上記の特徴はそれとは違うと思った。もっとも、30年後の3900の音はわからないが。。。
  うがった見方
    FE208シリーズの最新版の能率が下がったのは、3900のオン傾向とのバランスをとったのだろうか?FE-208のスペシャルバージョンにおいて、高能率は既定路線と思い込んでいたが、確かにSPの能率を下げれば、SPとの距離を保てるのかもしれない。ボリュームを半メモリだの1メモリだのと随分神経質な奴だなと思われるかもしれないが、能率100dB以上はあると思われる超高能率SPの場合、不用意に2〜3メモリ上げると近所迷惑、警察沙汰になりかねない大音量になってしまう。超高能率SPを使用している不便さでもある。3900等のゲイン調整機能は長岡式BHを使用している者にとっては非常に助かる機能なのである。
  まとめ‐音の系譜について‐
    ここまで、音の違いについていろいろ書いてきたが、一部修正しなければならなくなった。具体的には、使いこなしの過程で、280V→290Vへと受け継がれた音の系譜を3900にも見出すことができた、路線転換をしたわけではなかった。基本的に音質は一貫しており、長年使用し続けているユーザーを大切にしているとも言える。自分はどうしても290V贔屓のところがあり、8スケア&鉛インゴットという条件下で、両機種が同系列の音質になったことについては正直少しがっかりした。しかし、考えてみれば、30年以上経っても同じ系譜の音を作り続けることは、製作といった実体的側面と聴こえ方といった感覚的側面におけるノウハウが着実に継承されてきた証左であり、職人的ものづくりにおける理想的な姿とも考えられる。他方、基本的に同じ音になったということは、客観的には松下電工のボリュームの完全な代替が完成したもといえるのではないか。
 それにしても、80年代のオーディオメーカーの興隆を知っている身にとっては、高嶺の花のアキュフェーズは残ったが、多くの庶民派?メーカーが去ったり変容してしまったことは、重ね重ね残念ではある。
 なお、少しずつ冷静になってくると、また例によって、マッチョな音にしてしまったかな?衝動買いに走ったかな?これでよかったなのだろうか?と、自省し始めている。3900本来の性質を消し、290Vに寄せたともいえなくもない。ただきっかけはAETのケーブルだったわけで、それだけAETショックが大きかったのだと思う。